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色んな国を渡り歩いた後にたどり着いたオランダから見る風景。


by Kiki
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多言語に触れながら育つということ

今六歳半の娘は、日本で生まれ、生後七ヶ月を日本で過ごしたものの、その後はずっと日本の外で育ってきている。生まれて最初の七ヶ月は、私と母(娘の祖母)とで、日本語だけで話しかけていた。

その後、オランダに行って一年半を過ごした。彼女が初めて発したことばのひとつが、オランダ語で「見て」を意味する、「カイク - kijk」。私が自分で気づくはずはなく、色々お世話になっていたYさんとこのお嬢さんが指摘してくれて気づいた。「インターナショナル」デイケアに一日中、週五日お世話になっていたので、娘の耳には日常的に英語とオランダ語が両方入ってきていたのだと思う。私はこの時期はまだ日本語で彼女に話しかけていたかなあ。

二歳になってすぐにタジキスタンに行き、次のカザフスタンと合わせて三年半を中央アジアで過ごした。英語で保育、教育をしてくれる、いわゆる「インターナショナル」スクールや付属の保育園・幼稚園に通い、夜や週末は私と、それから英語を話せるタジク人のナニーと過ごしていた。

この時、私はむしろ、娘が中央アジアの共通言語、ロシア語を習得してくれるといいなあ~、国連公用語の一つだし、英語しか出来なくて、国際機関で肩身の狭い思いをしている(笑)自分のようにはなってほしくないなあ、と思っていた。現地の保育園や学校に行かせることも考えたけれども、小さい子供を持つ親にとって、親の方が直接に保育者や先生とコミュニケーションを取れることは大切。英語を話せる先生は現地の学校にはなかなかいないし、私もロシア語ができないので、結局は普通のインターナショナルスクールに通わせた。

タジク人のナニーやお手伝いさん、車の運転手からは、タジク語で挨拶したり、数を数えることを教えてもらったし、彼らを通じてロシア語にも耳慣れていったらしい。タジク人というのは、タジク語というペルシャ語(イラン)、ダリー語(アフガニスタン)に近い言葉と、ロシア語という、まったく性質の違う言語を自由に操る(人によってはこれにプラスしてウズベク語とかも)、すごい人たちだと私は常々思っている。そんな人たちだからか、タジク人のナニーも五十音のブロックおもちゃで娘と遊びながら「あいうえお」を覚えてしまったりした。

カザフスタンに引っ越してからもインターナショナルスクールで日々、英語で過ごしていた。タジキスタンに比べ、ロシア語が日常的浸透度が高く、かつ、なまりのない、正確で純粋なロシア語を話す人が多かったという。もちろん、これは友人や同僚に聞いた話。「純粋な」ロシア語なんて、いやらしい表現だと思うが、ロシア語圏では自然に聞く表現だった。それほど、ロシア語は複雑な言葉で、文法の正確さと、発音に「アクセント(なまり)」のないことが尊ばれるということだと思っていた。

さて、娘の学校の仲良しクラスメートの中には英語よりもロシア語の方が得意な子がいて、そういう子と遊ぶときはロシア語で会話をしているらしいことが分かった。日々来ていたカザフ人のハウスキーパーやナニーの会話を聞いていたり、彼女たちと意思の疎通をしようとしながら、自然に身についていったのだろう。

カザフスタンに移って一年後の夏、タジキスタン時代のナニーが遊びに来た時、娘がロシア語を話すようになっていてびっくりしていた。彼女やその妹、カザフ人のナニーなどと、女子でわいわいと楽しそうにロシア語で会話しているのだった。

タジキスタンにいる時は、ロシア語を「話す」ほどではなかった。でも、今思うと、子供なりにロシア語のイントネーションを真似して意味のなさないことをしゃべっていることが良くあった。

それに、カザフスタンに来てからは、英語のあまり得意でないカザフ人のナニーの英語の使い方の小さな間違いや、その発音を真似して面白がっていた。

こうしてふりかえってみると、小さな子供の場合は言語ってやはり耳から自然に入ってくるものに慣れていくことで習得していくのかなと思う。

さて、こうしている間に当然おろそかになってしまったのが、日本語。

続く・・・。

by mycornerofworld4 | 2017-06-29 21:00 | 子供の教育